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「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」ペギー・マーチ I Will Follow Him

ペギー・マーチは1948年3月8日に日ペンシルバニア州
フィラデルフィアで生れ、本名はマーガレット・
バッタビヴィオです。

彼女が5才の時、ローカルTV局の番組のレギュラーとして歌う
ことになり、その幼い可愛さが人気となりました。

15歳のときにレコード関係の人に認められ、RCA・ビクター・
レコードに迎えられることとなります。

1962年に、フランスでヒットした「愛のシャリオ Chario」
と言う曲を、テンポを早めバックコーラス(ドゥーワップ
スタイル)をつけて、「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」
として録音しました。

これが、発売後たった4週で全米ベスト・セラー・チャートの
T0P1Oにランクされ、6週にして第1位(3週間)に輝いたという
大ヒット曲になりました。
この時まだ15歳です。

1964年9月発売の「恋を教えて/私はひとり」から、名前の
リトルがとれて「ペギー・マーチ」になりました。
「もう子供ではありませんから」という記事を読んだ記憶が
あります。

1965年にはドイツの「バーデン・バーデン・
コンクール」で「夢みる17才」を歌って優勝しました。
この頃5回訪独してしていて、のちには夫婦で移り住んでいた
こともあります。

日本でも人気が出て、たびたび来日して(64年8月、65年11月、
68年10月、69年)、日本語でも数多く録音しています。
1964年に「霧のなかの少女」がヒットし「忘れないわ」、
「ウナセラディ東京」「ローマの雨」など日本の曲もたくさん
歌っています。

日本語の発音は上手でとても自然ででしたから、日本の歌謡曲を
歌ったのを聞くと、あたかも日本人歌手のようでした。

 
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