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「風に吹かれて」ジョーン・バエズ Blowin' in the Wind

ジョーン・シャンドス・バエズは、
1941年1月9日にニューヨーク州のスタテン島で生まれました。

父親のアルバート・バエズは物理学者で、軍需産業への
協力を拒否したことが、ジョーンの1960年代から現在まで続く
公民権運動と反戦活動へ影響を及ぼしたと言えます。

ボストン大学在学中からギターを片手に歌い始め、
彼女の歌手としての経歴は1959年(18歳)のニューポート・
フォーク・フェスティバルから始まります。

既にアメリカはベトナム戦争に突入しており、反戦集会の様相も
呈していたこのフェスティバルに、彼女は真っ赤な霊柩車で
乗り付けて反戦をアピール。
繊細かつ艶やかな伸びのある高音ボーカルは聴衆を虜にし、
一夜にして彼女はヒロインとなったのでした。

1960年にバンガード・レコードから発売されたファースト・
アルバムの『ジョーン・バエズ』は、トラディショナルの
フォーク・バラード、ブルースと哀歌が彼女自身のギターに
よって演奏された物でした。

1961年に発表された二作目の『ジョーン・バエズ Vol.2』は
ゴールド・アルバムとなり、翌年リリースされた『ジョーン・
バエズ・イン・コンサート』も同じくゴールド・アルバムを
獲得しました。

バエズは1960年代初頭から中期にかけて、アメリカ合衆国に
おけるルーツ・リバイバルの先頭に立ち、自らの聴衆に対し
当時それほど有名でなかったボブ・ディランを紹介し、
共演しました。


デビュー当初、彼女のヒット曲は、「ドンナ・ドンナ」、
「朝日のあたる家」、「風に吹かれて」など、どちらかというと
トラディショナルやスタンダードが中心で、それほど過激な
メッセージを歌うものではありませんでした。

しかし60年代半ば、ベトナム戦争が深刻さを深めていくにつれて、
反戦の思想を込めた「勝利を我らに」といった歌が多くなって
きます。
66年には反戦運動家デビッド・ハリスと結婚し、ますます
その傾向が強くなっていく中、67 年1月にバエズは初めての
来日公演を果たします。

当時は日本でも安保闘争で激動の時期。
各地を公演して回った彼女は、「歌手であるよりもまず人間。
次に平和主義者です。」と語り、「雨を汚したのは誰」や
自作曲の「サイゴンの花嫁」といった反戦歌を披露しました。
ちなみにこのとき、森山良子さんが“和製ジョーン・バエズ”
としてデビューしたのをTVで見た記憶があります。
(ご本人はそう呼ばれるのを嫌がっていましたが。)



一番若いときの映像で1963年のものを選んで見ました。
「風に吹かれて」は1963年当初から、数多くの歌手にカバー
されている、ボブ・ディラン作の反戦フォークのスタンダード
ですが、ヒットチャートを賑わしたのは、本人ではなく、
すでに記事にとりあげたピーター・ポール・アンド・マリーの
演奏でした。

日本ではこのジョーン・バエズ盤も人気がありました。
聞き比べてみてください。




妹のミミ・ファリーニャ(1945年4月30日 - 2001年7月19日)も
フォーク歌手でした。
二人が一緒に歌う映像も残されています。
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