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「ジョニー・エンジェル」シェリー・フェブレー Johnny Angel

HONDAの自動車「LIFE」のCM曲が「ジョニー・エンジェル」
でしたから、皆さん聞いたことがあるでしょう。
CMでは竹内まりあさんや、安藤裕子さんが歌ってました。


テレビ放送が始まった頃は、アメリカのホーム・ドラマを
よく放映していました。
「パパはなんでも知っている」、「うちのママは世界一」、
「カレン」.....

「うちのママは世界一」の長女役のシェリー・フェブレー、
「カレン」のデビー・ワトソン、可愛いかったですね。


シェリー・フェブレーは1944年1月19日にサンタ・モニカで
生まれました。

フランク・シナトラに認められて芸能界に入り、
1955年のロック・ハドソン主演の「Never Say Goodbye」に
初めて出演し、数本の映画に出たあとテレビ界でも活躍します。

1958年から1966年までアメリカABCから放送された、
「うちのママは世界一」という小児科医一家ストーンズ家を
巡るドラマで長女役を演じて人気を集めました。

 
1962年にこの番組のプロデューサー、トニー・オーウェンが
ドラマの中で歌をうたわせレコード化しようとして、
シェリーが吹き込んだのが「ジョニー・エンジェル」です。

彼女は最初あまり乗り気ではありませんでした。

 「それはすてきだと思うけど私は歌手じゃないから歌えない
  と思う― と断固拒否したわ。 
  でも「いいえ」って言わないように育てられた良い子だった
  からできませんって言うのに苦労したの。」 

結局、トニーは作曲家のストゥ・フィリップスに二人の
デモテープを作らせることにして、シェリーはこれに従います。

デモテープを聞いたトニーは二人を歌手にすることに決定し、
ストゥは長い間暖めていた「ジョニー・エンジェル」
(リー・ポックリスとリン・ダディの作品)を選曲します。


これが1962年4月7日にビルボード誌でナンバー・ワン
になる大ヒット曲になります。

それでも相変わらずシェリーは思います。 
 「ヒットするなんて思わなかった。
  お父さんとお母さん以外は買わないと思った。
  今でも私は歌えると思っていません。」
 
その後、62年から66年までにシングル12枚とアルバム2枚を
残して歌の世界から遠ざかります。

64年にダンヒル・レコードの社長ルー・アドラーと結婚します。
彼はキャロル・キングを育てた人です。
(80年には離婚し、84年に俳優のマイク・ファレルと再婚)。

映画やテレビには、その後も出ており、60年代ばかりか70年代、
80年代にも出演しています。


この曲は日本では森山加代子さんが歌っていて、
「五ひきの仔ブタとチャールストン」というシングルの
B面でした。


では、ママ(ドナ・ストーン)とパパ(アレックス・ストーン)
が心配そうに見守るなか、メアリー(シェリー・フェブレー)が
歌います。

この記事へのコメント
シェリー・フェブレーが歌ってる!!それだけで・・・大満足、可愛い!しかも・・・そばでドナ・リードが・・・このミュージック・クリップ最高!!『うちのママは世界一』の場面かと思われますが・・・DVD出してほしいなぁ〜!!最近のドラマとかってすぐDVD化されるけど・・・懐かしのアメリカ・ドラマとか(?!)出して欲しい!!
Posted by beechwood_park at 2007年07月26日 00:13
ほんとうに可愛いですね!
DVDは望み薄ですが、この映像をUPして
くれた人に感謝!感謝!
Posted by honobon at 2007年07月26日 20:12
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