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「ダイアナ」ポール・アンカ Diana

ポール・アンカは1941年7月30日、レバノンのキリスト教系移民の
子として、カナダのオタワにあるレストランの経営者の家に
生まれました。
この店で開かれる人気スターたちのショーを見るのが、少年時代の
ポールにとって何よりの楽しみでした。

12歳のときに家族とともにアメリカのマサチューセッツ州
グラスターに旅行した際、地元のオーシャン・ビーチ・クラブでの
アマチュア・コンテストに飛び入りで参加し、優勝しています。

地元のハイ・スクールに進学すると同時に”ボビー・ソクザース”
というグループ結成しますが、話題にならないままカナダに帰国
してしまいます。

1956年に「アイ・コンフェス」でレコード・デビューしますが
まだ注目されることはありませんでした。

1957年にイースター休みの10日間という約束でニューヨークに
出かけたのが、運命の分かれ目となります。

ABCパラマウント・レコードの制作部長ドン・コスタに会う
チャンスをつかみ、自作の歌を認められて契約することに
なったのです。

同年7月に弟たちのベビー・シッターだった3歳年上の女性への
片思いを綴った自作自演の「ダイアナ」を発売すると、
これが全米1位に輝くミリオン・セラーを記録し、彼は弱冠16歳で
世界的なスターとなります。

「ダイアナ」は、日本では1958年にヒットし、続いて「ユー・アー・
マイ・デスティニー」「クレイジー・ラヴ」も大ヒットし、
ラジオのチャート番組では1位から3位まで独占するほどの
人気ぶりで、この年の9月には来日まで果たします。

1960年代後半からはソングライターとして作曲活動も始め、
自らが映画出演した「史上最大の作戦」の主題歌、さらにTV番組の
テーマ曲も手がけて幅広い活動を続けます。

1968年にはシャンソンンに彼が英語詞を付けてフランク・シナトラ
の歌で有名になった「マイ・ウェイ」、1971年にはトム・ジョーンズが
ミリオン・セラー・ヒットした「シーズ・ア・レディ」が世界的に
注目を浴びます。

最近では2002年にTVドラマ「ゴールデン・ボウル」の主題歌
「君はわが運命」が再ヒットし来日公演を成功させています。



1957年に「ダイアナ」が発売されてから50年!

  ♪Oh Please, Stay by me, Diana♪


この記事へのコメント
残念。このダイアナは、画像は古いものですが、ポールアンカがRCAに移籍したときのリメークバージョンです。オリジナルは、ABCパラマウント時代のもので、バック演奏も違うし歌い方ももっと、声が高く荒削りで迫力があります。ポールアンカは、移籍したときすべてのヒット曲を吹き込みなおしているのです。ラジオでも若いDJは、知らないのでリメークバージョンを流すことが多いです。オリジナルは、ソニー系であるのですが、なかな売ってません。
Posted by 葉山のポールアンカ at 2012年04月25日 00:06
葉山のポールアンカさん、貴重な情報を
ありがとうございます。
Youtubeにオリジナル時代の映像が欲しいですね。
Posted by PPMM at 2012年04月25日 20:52
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