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「恋と涙の17才」レスリー・ゴーア You Don't Own Me

レスリー・ゴーアは1946年ニュージャージー州テナフライ出身で、
1960年代の前半に活躍したアメリカの人気アイドルスターです。

当時マーキュリー・レコードのA&R部門の副社長だったクインシー・
ジョーンズに認められ、1963年(17才)のとき最初の
レコーディング(「涙のバースディ・パーティ」など4曲)が
行われました。

美しい金髪をなびかせ、ヒット・ソングのプリンセスと
呼ばれるレスリー・ゴーアは、 初吹込みで大ヒットとなった
「涙のバースデイ・パーティ」、それに続く「なみだのジュディ」
そして最初のLP"I'll Cry If I Want To"も発売され、
スターの地位を確立しました。

当時全盛期だったガールズ・グループの生意気で反逆精神に
満ちた感じとは対照的に、お嬢さんタイプのレスリーの曲は
美しいハーモニーとみずみずしいオーケストラ・アレンジに
よる調子の良いポップスでした。

デビュー・シングル「涙のバースディ・パーティ
(It's My Party )」、2枚目の「涙のジュディ
(Judy's Turn To Cry )」3枚目「ラッキー・ガール
(She's A Fool)」.....
主人公のジュディとジョニーの物語は、二番煎じと
言われようと続くのでした。


1969年までマキュリー在籍時に発売したシングルは29枚、
うち19枚がホット100にチャートインしています。



ここでは、4枚目の「恋と涙の17才(You Don't Own Me )」
を選んでみました。

「私は貴方の所有物じゃないの」と歌うポップス史上初の
ウーマンリブ・ソングで、邦題とはかなり内容がちがいます。
邦題はなぜか「涙」が好きなようですね。

全米2位になったヒット曲ですが、1位は7週連続1位のビートルズ
「I Want To Hold Your Hand」でしたから、よく健闘したと
言っていいでしょう。


なお、「恋と涙の17才」は、布川敏和夫人のつちやかおりさんが
カバーしていました。
 



1980年に彼女はソングライターとしてアイリーン・キャラに
弟のマイケル・ゴーアと共作した「Fame」(全米4位)を
提供して再び成功を収めました。

1980年代後半のオールディーズ・ブームの頃、
デル・シャノンやジョニー・ティロットソンらと来日し、
ホテルでのショーやライブ・ハウスで公演を行いました。




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