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「最高にしあわせ」レスリー・アン・ウォーレン Are We Dancing?

中学生の頃、「サウンド・オブ・ミュージック」や「メリー・
ポピンズ」を見てミュージカルづいていたので、このディズニー
のミュージカル映画「最高にしあわせ」もお気に入りでした。
英語を習い始めていたので、歌詞カードにあわせて歌った
ものです。


ハンサムで歌のうまいジョン・デヴィットソンについては
あまり情報がありません。
大学までは芸能方面に無関係でしたが、大プロデューサーの
ボブ・バナーに見出されてダンス、声楽、演技をしこまれ
デビューし、この映画の前に歌手としてレコードも出して
いたそうです。


大きな目が印象的なレスリー・アン・ウォーレンは
1946年8月16日、ニューヨーク市マンハッタンで生まれました。

6歳の時からバレエを始め、10代の頃はステラ・アデラーの
もとで音楽を学びます。

14歳の時、「バイ.バイ.バーディ」のオーディションを
受けて合格しますがなぜか不参加。

17歳の時、ブロードウェイ上演の「日陰でも110度」の
オーディションに合格、主役として10ヶ月の舞台をつとめ、
これの成功がTV版「シンデレラ」の出演につながります。

1957年、作曲リチャード ロジャース、作詞、台本、オスカー
ハマーシュタインUという黄金コンビによるテレビミュージカル
「シンデレラ」を、1965年版としてリメイク、レスリー・アン・
ウォーレンがシンデレラを、そしてあの、ジンジャー・
ロジャースが女王役として出演してしています。

1966年、ウォルトディズニーのスクリーンテストを受け合格、
その後のディズニー映画、「最高に幸せ」(67年)でデビュー
します。

映画やTVに数多く出演していますが、日本でのテレビでは、

1966年から1973年まで放映されたアメリカのTVドラマ
「スパイ大作戦」で1971年のシリーズに出演(ダナ・
ランバート役)していましたから、覚えている方も
いらっしゃるでしょう。

1975年の「刑事コロンボ 5時30分の目撃者」に出演。
女性患者を手玉に取る二枚目医師=犯人を「ドラキュラ都へ行く」
のドラキュラ、ジョージ゙・ハミルトンが演じ、彼に「暗示」
をかけられて、5階のバルコニーからダイブする患者役を
レスリーが演じました。

「デスパレートな妻たち2(2005)」にも母親(ソフィー)役で
ゲスト出演しています。


主な映画出演作品は、

1967年「最高にしあわせ」
1968年「ファミリーバンド」
1976年「ニューヨーク一獲千金」
1982年「ビクター/ビクトリア」
     コミカルな演技でアカデミー助演女優賞にノミネート

1987年「ザ・コップ」
     1988年、第4回 東京国際ファンタスティック
      映画祭参加作品。

1991年「メル・ブルックス/逆転人生」
1992年「ピュア・カントリー」
1994年「薔薇の素顔」
1999年「鬼教師ミセス・ティングル」
2001年「スパイダー」
2002年「セクレタリー」



わたしが初めてレスリーを見たのがこのディズニーの
ミュージカル映画です。
彼女の映画デビュー作品ですね。

「最高に幸せ(The Happiest Millionaire)」
 監督:ノーマン・トーカー
 出演:フレッド・マクマレー、レスリー ・アン ・ウォーレン、
    ジョン・デビットソン、トミー・スティール

 作詞、作曲がリチャードとロバートのシャーマン兄弟。
  彼のチームは「メリーポピンズ」で1964年、
  オリジナル作曲、主題歌の両アカデミー賞を一度に
  獲得して話題になりました。

この作品は、「メリーポピンズ」に次ぐ、ディズニーの
ミュージカル第2作として作られました。

内容は、アメリカ、フィラデルフィアの風変わりな大富豪、
アンソニー・J・ドレクセル・ビドル氏の娘、コーデリア
(レスリー・アン・ウォーレン)が自叙伝風に書いた
「私のフィラデルフィアの父」の映画化です。

「バイ・ヤン・パン・パン」という曲のほうが有名ですが、
ここでは「最高にしあわせ(Are We Dancing?)」を
お楽しみください。

いつものように画像に直接行けないので、下のURLを
クリックし接続してご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=bMOijEU_ZnE
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