Sponsored link

「テネシー・ワルツ」パティ・ペイジカテゴリの記事一覧

「テネシー・ワルツ」パティ・ペイジ Tennessee Waltz

1946年のある日、カントリー&ウェスタン・バンドのリーダー、
ビー・ウィー・キングは、ラジオで聴いたビル・モンローの
「ケンタッキー・ワルツ」からひらめいて、バンドのテーマ曲
だった「題名のないワルツ」をリメイクし「テネシー・ワルツ」
を作りました。
それをメンバーだったレッド・スチュワートが詞を書き、1948年に
レコーディングしましたが、本当に売れ始めたのは1950年に
パティ・ペイジが歌ってからでした。


パティ・ペイジ(Patti Page)は1927年生まれで、本名は
Clara Ann Fowlerですが、当時のラジオ番組のスポンサーである
「ペイジ・ミルク・カンパニー」から、「ペイジ」のステージ名を
名乗ることとなりました。

1948年にデビューし、1950年に歌った「テネシー・ワルツ」が
3ヶ月にわたって全米ヒットチャート(ビルボード誌)1位を独走し、
レコードは600万枚以上のミリオンセラーになりました。

1956年にテネシー州4番目の州歌になっています。

1963年にはCBSに移籍して「ふるえて眠れ」というビッグ・ヒット
を放っています。

1968年にレコードを吹き込むことを止めましたが、その後も
1990年代中期までコンサート活動を続けました。


パティ・ペイジは、第二次大戦後の日本における洋楽ポピュラー
文化の礎となり「ワルツの女王」と呼ばれました。

日本でも江利チエミさんが昭和27年、14歳でこの曲でデビューし
23万枚のヒットになりました。


それでは1950年代のTV番組からの映像です。
ゆったりしたリズムが心地よいですね。

内容は、
「パーティーで彼を親友に紹介したら、その親友に恋人を
 奪われてしまった」という、別れた過去を偲ぶ歌です。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。