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「バン・バン」シェール Bang Bang

日本では女優としてのシェールしか知らない人も多いでしょう。

「ソニー&シェール」としてデビューし、ソロでの数々の
大ヒット、女優での成功、そしてダンス・ミュージックへの
転進と、絶えず新しいことにチャンレンジし名声を勝ち取る、
真のエンターテイナーです。



シェールは1946年5月20日カリフォルニア州エル・セントロ生まれで
本名は Cher Sarkisian LaPiere。 
Sarkisian はアルメニア難民の実父の苗字で, LaPiere は
フランス系継父の苗字です。
実母はチェロキー・インディアン+アイルランド+ドイツ+
イギリスの血を引く元女優でした。


失読症(中枢神経の障害で字が読めなくなる病気)のため1962年、
16歳で高校中退し、同じ年にロサンジェルスのカフェで
フィル・スペクターのもとで働いていたソニー・ボノ(当時27歳)
と知り合います。

ソニー&シェールのデュオになった1965年に「アイ・ガット・
ユー・ベイブ」が全米、全英No.1のヒット。
同じ年に, シェールのソロ「バン・バン」もヒットし,
一躍スターになります。(キャッシュ・ボックス誌第2位)

日本盤のシングルのB面は「イパネマの娘」でした。

1970年になって二人の初のテレビのショウが評判になり、
その中で1971年にチェロキーの血筋を全面に押し出したイメージ
戦略で「悲しきジプシー」が全米第1位になるヒット。 
さらに1973年にもアメリカの少数民族を歌うという同じ系統の歌
「ハーフブリード」もヒットします。

1975年3月17日号の雑誌Time の表紙にシースルー姿で登場し話題に
なります。
そして同年にソニーと離婚し, オールマン・ブラザーズ・
バンドのグレッグ・オールマンと結婚しますが、4年後に離婚。
その後の華麗なる男性遍歴も話題となりました。


 
そのころから女優業でも活躍を始めます。

プルトニウム工場の疑惑をあば く映画「シルクウッド」(83年)で
ゴールデングローブ助演女優賞。
奇病の 少年の実話を映画化した「マスク」(85年)ではカンヌ
映画祭の主演女優賞 を獲得。
そして、NYのイタリア一家を描いたコメディ「月の輝く夜に」
(87年)ではアカデミー主演女優賞の栄冠に輝きました。


90年代に入るとゲフィン・レーベルに移籍し、シンガーとして
再び本格的に活動を始めます。

そしてダンス・ミュージックに挑戦した98年の
「ビリーブ」がヨーロッパで大ヒット、各国で1位を記録し、
アメリカでも1位を獲得し、グラミー賞を受賞します。

しかも、この「Believe」は世界中のヒット曲をランキングした
ワールドチャートにて現在歴代1位という輝かしい大記録を保持
しています。



シェールはエクササイズ・ビデオの事業でかなりの成功を収めて
いるらしく、現在世界で最も金のある芸能人の1人で、
カリフォルニアのマリブに2,500万ドルの豪邸、ウエスト・
ハリウッドに450万ドルのマンションなど世界に20軒以上の
持ち家があり、現在住んでいるラスベガスのシーザース・
ホテルの2008年までの契約は6,000万ドルだそうです。

また奇抜なファッション・センスは有名で、アカデミー授与式
ではたびたびそのセンスが揶揄されたりしています。

映画でもステージでも実生活でも、人生を楽しんでますね。


では、「バン・バン」
Bang Bang(My Baby Shot Me Down) Sonny Bono 作

この歌は、幼馴染であった男の子を、後に片想いするようになった
回想的な曲です。

 「あの人が、バン、バンと口で言って私を撃ち倒したりした、
  実はあの時既に自分は打たれて死んでいたのかも知れない」

2003年のライブ映像、セルゲイ・デイアギレフの絵師だった
バクストのデザインをほうふつとさせる衝撃的衣装!



映画「キル・ビル」では、Nancy Sinatraの「Bang Bang」が
使われていました。
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