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「ミドリ色の屋根」ルネ・シマール Non ne pleure pas

1970年代はヤマハの世界歌謡祭や東京音楽祭世界大会など、
日本国内でもインターナショナルな音楽祭が開かれ、
各国の歌手達の歌を楽しんだものです。

古い音楽スクラップをめくっていたら、でてきたのが
当時13歳のルネ・シマールが歌う「ミドリ色の屋根」でした。



ルネ・シマールは、1961年2月28日カナダのケベック州
チクーティミの生まれで7人兄弟の下から3番目です。

7才のとき教会の聖歌隊員になったルネは兄弟と
レストランやビヤホールでも歌い、家計を助けました。

のど自慢コンテストで優勝し、TVのタレント・スカウト
番組でも14回勝ち抜いて優勝。

1970年に結婚式場で聖歌隊員としてアベ・マリアを歌い、
新郎のプロモーター、ギー・クルティエと運命的な出会いを
します。

10歳のときのデビュー曲「L'Oiseau(鳥)」は10万枚以上の
ヒットとなり、自伝映画「ふつうの子供」は入場者60万人を
呼び込みました。


そして1974年、13歳の少年の声が日本中に感動を呼び起こし
ます。

第3回東京音楽祭世界大会でスリー・ディグリーズと
最後まで優勝を争い、最後の1票をフランク・シナトラが
入れて、グランプリとシナトラ賞を受賞。
シナトラに「そのまま大きくならないで」
なんて言われてました。

「ミドリ色の屋根」”Non ne pleure pas(泣かないで)”は、
村井邦彦氏の曲に、さいとう大三氏とM.コレ氏が
日本語と仏語で歌詞を付けた歌です。

この曲は、悲しさ切なさだけでなく、優しさや
これから母を支えて2人で生きていこうとする決意が
歌われている曲です。


ところで、ルーマニアの白い妖精ナディア・コマネチが
体操で10点満点を連発し話題になったモントリオール・
オリンピック(1976年)で、開会式にルネが
「モントリオール賛歌」(ルネの作詞)を歌うはずが
ボイコットされたという話がありました。

すでにアメリカや日本でも発売されていたこの曲を、
モントリオール市長やオリンピック委員の前で歌って
いる映像もあるので、どうやら、ケベックの独立問題やら
ストライキの問題が背景にあったようです。


現在でもルネは、カナダでは芸能生活36年の現役歌手で、
新人を発掘し、舞台をプロデュースしたりしています。


では、1974年東京音楽祭世界大会からの映像です。
René Simard - Midori Iro Yane



ちなみに、このときの金賞はスリー・ディグリーズの
「天使のささやき」、銀賞はザ・ピーナッツの
「愛のゆくえ」と布施明の「積木の部屋」、
銅賞3人の一人は五木ひろしの「別れの鐘の音」...
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