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「イパネマの娘」アストラッド・ジルベルト

アストラッド・ジルベルト (Astrud Gilberto)は1940年3月29日
ブラジルのバイーア州で、ブラジル人の母とドイツ人の父親の
間に生まれ、リオ・デ・ジャネイロで育ちました。。

1959年にジョアン・ジルベルトと結婚したアストラッドは、
1963年にアメリカ合衆国に移住し、クリード・テイラーの
プロデュースでジョアン・ジルベルト、スタン・ゲッツ、
アントニオ・カルロス・ジョビンが共演するアルバム
「ゲッツ/ジルベルト(Getz/Gilberto)」を録音する場に
立ち会います。

そのときまで彼女はプロの歌手としてはあまり歌ったことが
なかったのですが、たまたま歌った彼女の声にクリード・
テイラーが目をつけ、英語版「イパネマの娘」が
レコーディングされ、これがアメリカを中心に大ヒットする
ことになります。

(この後、ジョアンとアストラッドは1960年代の半ばに離婚。)

アストラッドは「イパネマの娘」の大成功により、
ソロ・デビューすることになります。
ブラジルのリズムを洗練(?)させたボサノバとジャズ・
スタンダードなどを、独特の(ヘタウマの元祖?)フィーリング
で歌い、「ボサノバの女王」と呼ばれて話題となりました。




イパネマの娘"Garota de Ipanema"= "The Girl from Ipanema"は、
アントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)が
1962年に作曲したボサノバの名曲です。

ポルトガル語の原詞はVinicius de Moraes が、英語詞は
Norman Gimbelが担当しました。


「イパネマの娘」はビートルズの「イエスタデイ」等に次いで、
世界中で多くカヴァーされたポピュラー・ソングの一つで、
ボサノバのナンバーとしてはもっとも有名な曲です。

「イパネマ」とはリオデジャネイロ市内に位置する
イパネマ海岸のことで、「娘」とは海岸近くにあったバー
「ヴェローゾ」に母親のタバコを買いにしばしば訪れた
美少女エロイーザ(Heloísa)をモデルにしたと言われています。

モライスによるオリジナルのポルトガル語歌詞は、海岸を
歩き去る少女への届かぬ想いを物悲しく訴えています。



私も高校のときに友人が弾く「イパネマの娘」が気に入って、
レコードを買いに行き、たまたまそれしかなかったブラジルの
ギタリスト”Baden Powell”のLPを購入。
それは想像を超える名演奏で、一気に魅入られてしまい、
彼の演奏を何曲もコピーしまくりました!

懐かしい思い出です。
Baden Powellについてはブログ「お宝映像!こんなの
見たかった
」でとりあげています。


Garota de Ipanema / Astrud Gilberto


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